« 6月12日 | トップページ | 日本バラバラ…同点にされ意識に差 »

2006年6月13日 (火)

残り9分3失点、中田凍りつく

<1次リーグ:オーストラリア3-1日本>◇12日◇F組◇カイザースラウテルン
 MF中田英寿(29=ボルトン)の3度目のW杯は、98年フランス大会以来2大会ぶりの黒星スタートになった。オーストラリア戦は前半からピッチ内の「監督」として深い位置から懸命に周囲を鼓舞し続けたが、後半39分からロスタイムを含む9分で3失点。「チームを戦う集団にしたい」という試合前日の決意表明を実現することはできなかった。1-3とまさかの惨敗に、日本の大黒柱の顔が屈辱にゆがんだ。
 中田英は、思わず天を仰いだ。顔が凍り付いた。後半ロスタイムに痛恨の3失点目。それまで変わらなかった表情に、暗い影がさした。いつ、何時でも冷静さを貫き通し、迎えた3度目のW杯。そんな中田英をしても、3点目はあまりに重すぎる負の十字架だった。
 試合後の短いコメントは、敗因の分析に終始した。
 中田英「2点目、3点目を早めに取ることが大事だった。しのぐつもりは全くなかった。守ってからの速攻を狙っていた。手応えどうこうよりも、結果がすべて。勝つ以外に後はない」。
 欧州で8シーズン戦ってきた。その道を開いたのは、初出場の98年フランス大会。初戦アルゼンチン戦で破れはしたが攻撃に専念し、孤軍奮闘した。4年前の日韓大会では、欧州の舞台でもまれた押しも押されもせぬエースとして中盤に君臨。そして今回は1歩引いた立場から、チームのために戦う姿勢を貫いた。ボランチの位置で体を張り、チャンスを生み出す役割をこの日もこなした。
 ピッチ内では「第2の監督」として厳しい指示を飛ばし続けてきたが、この日はさらに厳しかった。MF中村の先制点が決まった直後の前半29分、W杯初陣のDF駒野を呼ぶと、しかり飛ばすくらいの勢いで何度も繰り返し思いを伝えた。FW柳沢にも容赦はない。前半、幾度もあったチャンスにシュートを打ち切れないことが歯がゆかったのだろう。ハーフタイム前、通路に向かうまで身ぶり手ぶりをまじえて話し掛けた。ピッチの鬼になった。
 試合前日の11日、あえて不満を口にした。「普段通りの力を出せれば勝てる。でもそれを出すのが難しい。戦う集団になったと思いたい。それは試合をやってみないと分からない」。不安があったのだろう。現代表で最多となる3度目のW杯…。その経験から感じた危険信号だったのかもしれない。「走らないとサッカーにならない。相手より走れるのが日本のよさ」。そんな声に応える余力は、終盤の日本に残っていなかった。
 W杯8戦目で最多3失点は、経験したことのない最悪の結末。戦う集団になり切れていないことを露呈した試合を糧に、中田英はチームをどう立て直すのだろうか。

(日刊スポーツから抜粋)

★・・・日本多分、一勝もできないんじゃないかな。。。1試合目に黒星だして決勝いけるのって12%の確率しかないらしいし、しかも日本弱いしね。残念だけど。応援したいけど、裏切られるぽいからなー。

|

« 6月12日 | トップページ | 日本バラバラ…同点にされ意識に差 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 残り9分3失点、中田凍りつく:

» 中田英寿 [芸能人・マスメディア名鑑]
1977年1月22日生まれ。山梨県甲府市出身、プレミアリーグボルトン・ワンダラーズ所属のサッカー選手。愛称はヒデ。中学3年時にU-15日本代表に選出されて以来、全ての年代の代表に選ばれている。2度のオリンピックとワールドカップ(フランスワールドカップ、日韓ワールドカップ)への出場を果たしている。... [続きを読む]

受信: 2006年6月14日 (水) 17時24分

« 6月12日 | トップページ | 日本バラバラ…同点にされ意識に差 »